大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和39年(ワ)7639号 判決 1965年10月06日

原告

小南昇二

原告

小南晴子

原告ら代理人

坂根徳博

被告

第一日の丸観光自動車株式会社

代表取締役

富田金重

被告

富田金重

被告ら代理人

佐々木正義

主文

1  被告第一日の丸観光自動車株式会社は原告らに対し各金二、五九一、三四九円および内金二、三九一、三四九に対する昭和三九年四月一日以降支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らの被告富田金重に対する請求および被告第一日の丸観光自動車株式会社に対するその余の請求をいずれも棄却する。

3  原告らと被告第一日の丸観光自動車株式会社との間に生じた訴訟費用はこれを二分し、その一を同被告の負担とし、その余を原告らの負担とし、原告らと被告富田金重との間に生じた訴訟費用は原告らの負担とする。

4  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告らは各自原告らに対し各金五、〇一〇、〇〇〇円および内金四、四一〇、〇〇〇円に対する昭和三九年四月一日以降支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、次のとおり述べた。

(請求の原因)

一、昭和三八年一〇月九日午後七時五六分頃、東京都台東区万年町一丁目一番地先路上において、訴外三島洲一の運転するタクシー(ダツトサンブルーバード六二年式事業用普通乗用自動車、登録番号足五あ〇五七六、以下「被告車」という)と訴外小南善勇が接触し、そのため、善勇は頭蓋骨々折の傷を負い、翌一〇日午後一〇時一五分死亡した。

二、(一)被告第一日の丸観光自動車株式会社(以下「被告会社」という)は本件事故当時被告車の所有者にして訴外三島の雇主であり、訴外三島は被告車を運転し被告会社の業務に従事していた際、本件事故を惹起したものである。従つて被告会社は被告車の運行供用者として本件事故によつて生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告富田は本件事故当時被告会社の代表取締役として人事を最高の地位において行い、訴外三島を監督していた者であり、本件事故は訴外三島が被告会社の業務執行中同人の後記の過失によつて惹起したものであるから、代理監督者として本件事故によつて生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

訴外三島の過失は次のとおりである。<中略>

三、本件事故によつて生じた損害は次のとおりである。

(一)  訴外善勇の得べかりし利益の喪失による損害

訴外善勇は昭和二三年一一月六日生れの男子で、本件事故当時中学三年で成績も優秀であり、健康にも恵まれ、中学入学以来無欠席であつた。善勇は本件事故に遭遇しなければ、なお五四年(第一〇回生命表による)の余命があり、右期間のうち昭和四二年三月には高等学校を卒業し、同年四月から昭和八四年三月まで東京都所在の事業所に雇われ、稼働可能であつた。右稼働可能期間における収入は初任給月額一三、一〇〇円以後一年を経過したときから昭和七八年三月まで毎年四月一日に昇給し、その昇給額は昇給時の年令が一九才から二〇才までのときは、一、二〇〇円、二一才から二二才までのときは、一、三〇〇円、二三才から二五才までのときは一、四〇〇円、二六才から三〇才までのときは一、五〇〇円三一才から三五才までのときは一、三〇〇円、三六才から四五才までのときは一、二〇〇円、四六才から五〇才までのときは、一、一〇〇円、五一才から五四才までのときは一、〇〇〇円であり、昭和七八年四月からの月収額は同年三月の月収額の八割である。右月収額の外に賞与として昭和四二年一二月を第一回として右稼働期間を通じ、毎年七月と一二月に月収額の各一ケ月分相当額が得られる筈であつた。

訴外善勇が右収入を得るに必要な生活費は死亡の月から稼働開始までは毎月一三、〇〇〇円、全稼働期間を通じ、月の収入額(賞与の支給される月はそれをも合算する)が六〇、〇〇〇円未満の月は一三、〇〇〇円、六〇、〇〇〇円以上七〇、〇〇〇円未満の月は一四、〇〇〇円七〇、〇〇〇円以上八〇、〇〇〇円未満の月は一五、〇〇〇円、八〇、〇〇〇円以上九〇、〇〇〇円未満の月は一六、〇〇〇円、九〇、〇〇〇以上一〇、〇〇〇円未満の月は一七、〇〇〇円、一〇〇、〇〇〇円以上一一〇、〇〇〇円未満の月は一八、〇〇〇円、一一〇、〇〇〇円以上一二〇、〇〇〇円未満の月は一九、〇〇〇を要する筈であつた。

訴外善勇の純利益は右収入額から右生活費を控訴した残額となるところより右差額(純益額)を基礎として前記稼働可能期間内の逸失利益の昭和三九年三月末日現在の一時払額を求めるため、ホフマン式計算方法によつて各年毎(毎年四月から三月までを一年度とする)の純益額につき年五分の割合による中間利息を控除し(百円未満切捨)これを合算すると別紙第一表のとおり金五、八三六、〇〇〇となるから、訴外善勇は同額の得べかりし利益の喪失による損害を被つたというべきである。なお、右算出にあたつては訴外善勇の死亡の月から稼働開始の前月までの生活費をも控除すべきであるから、その生活費を月額一三、〇〇〇とし同じくホフマン式計算方法により前記基準日現在の一時払額(千円未満切上)を求め、これを控除した。<以下省略>

理由

一、請求原因第一項の事実(事故の発生と訴外善勇の死亡)は当事者間に争いがない。

二、請求原因第二項の(一)の事実も当事者間に争いがないから、被告会社は被告車の運行提用者として前示事故によつて生じた損害を賠償すべき義務があるというべきである。

次に原告ら主張する被告富田の代理監督者責任の有無について判断する。

被告富田が本件事故当時被告会社の代表取締役であつたこと、本件事故は被告会社の被用者訴外三島が被告会社の業務に従事していた際惹起したものであることは当事者間に争いがない。ところで、民法七一五条第二項の代理監督者というためには単に代表取締役の地位にあることだけでは十分でなく具体的に被用者の選任、監督を担当している者であることを要すると解すべきところ、被告富田が被告会社に代つて具体的に訴外三島の選任監督を担当していたと認めるに足りる証拠はなく、かえつて<証拠>によれば、被告富田は当時日の丸系タクシー会社八社(タクシー保有台数約七〇〇台、従業員総数約一、六〇〇名)の代表取締役を兼ね被告会社は日の丸系タクシー会社の一社で本件事故当時、保有タクシー約四〇台、従業員約一〇〇名、営業所二ケ所の規模を有しており、訴外福田孝三が取締役(他に取締役五名)兼営業所長として事実上被告会社の経営を委されており、被告富田は一年に数回被告会社に出社する程度しか関与していないことが認められ、右認定事実によれば、被告富田は被告会社に代つて訴外三島を監督していなかつたものと認めるのが相当である。

よつて、原告らの被告富田に対する本訴請求はその余の判断をするまでもなく失当である。

三、そこで本件事故によつて生じた損害について判断する。

(一)  訴外善勇の得べかりし利益の喪失による損害

<証拠>を総合すれば訴外善勇は昭和二三年一一月六日生れの男子で、本件事故当時一四才の中学三年生であつたが、成績はクラスで五、六位以内にあり健康にも恵まれ無欠席を続けており、本人は高校進学を希望し、両親である原告らもそれをかなえてやりたいと思つていたことが認められるから、訴外善勇は本件事故に遭遇しなければ、なお、五四、〇五年の余命(第一〇回生命表による)があり、右余命期間のうち、昭和三九年四月には高校に進学し同四二年三月にはこれを卒業し翌四月からは就職し爾後同八三年三月(五九才)余までの間稼動し、その間収入を得られたものと推説できる。原告らはその間の収入額について成立に争いのない甲第五号証(労務行政研究所発行労政時報別冊昭和三九年版モデル賃金、初任給、昇給、平均賃金)記載の昭和三八年度における高校卒男子の中小企業(資本金三〇〇〇万円以下、従業員三〇人以上二九九人以下の規模とする)におけるモデル賃金中の初任給および年令別賃金に概ね一致する額を主張するけれども、右モデル賃金は、現行の賃金規程および昇給事情のもとで、将来普遍の能力と勤務成績で標準的な昇遇を続けた場合の賃金であつて、モデル賃金自体が遠い将来を想定することの困難さおよび特に中小企業では現存するモデル条件に合致する人物を社内で見出すことの困難さのために、多分に推定的数値であることを免れず、さらに事業所側の事由、例えば倒産、事業規模縮少などによる、または被用者側の事由、例えば、病気、事故その他による転職休職などがあり得、しかもこれらの場合は、年功序列式賃金体系をとることの圧倒的に多い我国においては、多くの場合モデル賃金を下廻る賃金に甘んじるほかないわけであつて、このように考えてみると、全稼働可能期間を通じてモデル賃金相当額の収入があるものとして逸失利益の損害を算定することによつては蓋然性の高い数値を求め得ないものといわざるを得ない。そこで右の点に留意し、前掲甲第五号証に記載されている中小企業における各種の平均賃金賞与の支給状況定年制および再雇傭状況をも考慮するときは訴外善勇の逸失利益算定の基礎たる収入としては、比較的若年時代で余り遠い将来でない時期、すなわち、就職後二七才のときまではモデル賃金に準拠して、初任給を月額一三、一〇〇円とし、以後一年毎に、年令が一九才、二〇才のときには一、二〇〇円、二一才、二二才のときは一、三〇〇円、二三才から二五才のときは一、四〇〇円、二六才、二七才のときは一、三〇〇円の昇給があるものとしてその月収額を求め、二八才以後六〇才に達する年の昭和八三年三月までは二八才時の月収額に据置いたままとし、右月収額に加えて昭和四二年一二月を第一回とし以後毎年七月と一二月に賞与として各一ケ月の月収相当額を得られるものとして年収額を推定するのが相当である(二八才以後の昇給を考慮しないが、後述のように控除すべき生活費の額も年令の推移に伴う上昇を顧慮せず当初より固定させたままであるから、その差額を基礎として推計された逸失利益額は現時点において高度な蓋然性を持つものといつて妨げあるまい)。

次に訴外善勇が右収入を得る必要な生活費として、原告らは年額一五六、〇〇〇円を要するものと主張するが右額は、<証拠>によつて認められる善勇死亡当時の原告方の一人あたり家計支出額、昭和三八年度の東京都標準世帯の前認定の亡善勇の推定年収に対応する収入階級別の一人あたりの生計支出額、同勤労者世帯の一人あたりの消費支出額をいずれも上廻る数値であるから、右主張額を善勇の稼働可能期間中の生活費とみなすことは、前述のように二八才以後の収入額を据置くことと相俟つて蓋然性の高い逸失利益額を算定できることとなるといい得るのみならず、前記原告昇二本人尋問の結果によつて認められる善勇の生育環境およびその将来性に照らし相当といえるから、同人の収入から控除すべき生活費として採用する。

そこで右認定の収入額から生活費を控除した差額により訴外善勇の得べかりし利益の喪失による損害を求めることとしこれを損害発生時の一時払額に換算するため、ホフマン式計算方法に従い、前記稼働可能期間を通じ各年毎に民法所定の年五分の割合による中間利息を控除しその残額を合算すると別紙第二表のとおり、金三、二八二、六九九円となる。

なお、原告らは、訴外善勇の死亡の月から稼働開始の前月までの生活費をも控除して損害額を算定主張しているが、右のような生活費は訴外善勇本人に生じた損害額の算定にあたり損益相殺として差引かれるべき利益にあたらないから、これを控除しない。

過失相殺の主張に対する判断

被告会社は、本件事故の発生につき、訴外善勇にも過失があつた旨主張するが、<証拠>を総合すれば、事故発生時は夜間降雨中で訴外善勇は当夜黄色の傘をさして台東区万年町一丁目一番地先の南北に通ずる通称昭和通り(車道巾員二二米、中央部には五、六米巾の都電軌道敷が続いており、車道の両側は巾員五、五米の歩道となつている)上東美倉橋通り西一七番線通りを結ぶ道路との交差点際に東西に設置された横断歩道(白色単路のはしご模様のボンライン塗装)上を東方から渡りはじめ途中まで来たところ、南方上野駅南方方面から北方三ノ輪方面に進行する自動車の流れが続き、さらに横断を続けることができなかつたので、都電軌道敷内の東方の二条のレールの間辺で前記自動車の流れが切れるのを待ちながら、西方に向つて立つていた際、北方から前記二本のレール附近を時速約五〇粁(制限速度四〇粁)で直進してきた被告車に衝突されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。右認定事実によれば、訴外善勇は横断歩道上を横断の途中、自動車の流れが切れるのを待つて立ち止つていたのであり、右のような行為は何ら責むべき点はなく、本件事故発生についての過失とはいえないというべきである。本件の場合は前記のように交差点際の横断歩道であるから被告車の運転者訴外三島において、被害者を速かに発見し、一時停止ないしは徐行し、又はハンドル操作などにより事故発生を防止すべきであつて、被告会社の主張するような義務が横断歩道通行者たる訴外善勇に負わされているとは解されないところである。夜間降雨のため、視界が狭くつつたり、被告車のライトに照射されたり路面が光のため反射するときは自動車運転者の側でこれに留意し、前方注視を厳にするなり、速度を減ずるなどの措置をとり、事故発生の防止に努めるべきであつて、このことは道路交通法第七一条三号、第七〇条に照らし明らかである。

(二)  訴外善勇および原告らの慰藉料

<証拠>を総合すれば、原告小南昇二(事故当時四三才)、原告小南晴子(同四〇才)は昭和二三年一一月結婚し長男善勇(同一四才)、長女知子(同一三才)次女和子(同八才)をもうけ、家業の化粧品製造業を営み、月収約六万円をあげて幸福な生活を送つていたこと、長男善勇は中学三年生であつたが、成績も良く、健康であり、本人も高校進学を望み原告らもそれを期待し、その将来に希望を託していたところ、本件事故によりそれも空しいものとなつたこと、善勇は事故後病院に運ばれ、治療を受けたが、その際、原告小南昇二に対し、交通規則を守つていたのに、こういう目に合わされて口惜しいと述べたこと、原告らは善勇の死亡によりしばらくは夜も眠れないほどの衝撃を受けたこと、被告会社は資本金二、〇〇〇万円、タクシー保有台数五九台、従業員約一〇〇名のタクシー会社で、本件事故につき、香典、御見舞品代、治療費、葬儀費用等として合計二一五、四四九円を支出し、原告らと示談交渉を重ねたが、双方の提示額がかけはなれて解決にいたらなかつたことなどの事実が認められ、右事実と本件事故の態様、原因など諸般の事情を斟酌すると訴外善勇に対する慰藉料は金一〇〇万円、原告らに対する慰藉料は各金五〇万円をもつて相当と認める。なお本件のような場合被害者たる善勇についても慰藉料請求権は発生し、何ら同人の意思表示を俟つことなく当然に相続されるものと解すべきである。

(三)  相続と保険金の支払充当

<証拠>によれば、訴外善勇の相続人は父母である原告らのみであると認められるから、原告らは、訴外善勇の死亡により、同人の本項(一)、(二)の損害賠償債権を各二分の一宛相続によつて取得したものというべきところ、原告らが、自賠法の責任保険金五〇万円の支払を受けこれを二分の一宛、各自の取得した前記(一)の債権に充当したことは当事者間に争いがないから、これをそれぞれ控除すると、原告ら各自の相続債権残額は各金一、八九一、三四九円(円未満切捨)となる。

(四)  弁護士費用の損害

原告らが弁護士坂根徳博に本件訴訟委任したことは当事者間に争いがなく、原告小南昇二の本人尋問の結果によれば原告ら主張のような報酬支払の約束をしたことが認められるところで、交通事故による被害者側か、加害者側に対し損害賠償の任意履行を期待できないときは、通常弁護士に訴訟委任してその権利実現をはかるほかないのであるから、右に要する弁護士費用も事故と相当因果関係にたつ範囲内においては、これを加害者側の負担すべき損害と解すべきところ、右損害額の範囲は、認容すべき損害額本件事案の難易など諸般の事情を斟酌して決定すべく、これを本件についてみれば、原告らの負担した報酬債務のうち、各金二〇万円(手数料、謝金を合せて)をもつて相当と認める。

四  以上の次第であるから、原告らの被告会社に対する前項(二)、(三)、(四)の合計各金二、五九一、三四九円および(二)、(三)の合計各金二、三九一、三四九円に対する損害発生であることの明らかな昭和三九年四月一日以降支払ずみにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める部分は正当であるからこれを認容し、被告会社に対するその余の請求および被告富田に対する請求は失当として棄却すべきである。よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項本文第八九条を、仮執行の宣言につき、同法第一九六条第一項の各規定を適用して主文のとおり判決する。(鈴木潔 茅沼英一 梶本俊明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例